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位置情報&記事一覧

雑記
01 /01 2030
⚫︎ブログ掲載古墳位置情報(Google MAPで開きます。データがかなり多いのでご注意を)
茨城県/栃木県/群馬県/埼玉県/千葉県/東京都/神奈川県
山梨県/長野県/静岡県/愛知県
大阪府/兵庫県/奈良県
→現存。→消滅。→現状確認不可。
※「○○古墳群1」のような表記がされているものは、全て私が勝手に命名した仮称となります。

⚫︎ブログ掲載古墳一覧表
埼玉県/千葉県/東京都/神奈川県
※消滅古墳は除く
※☆は古墳巡りで訪れる上での推奨度を独断と偏見で表したものであり、考古学的な価値や古墳そのもののランク付けをしたものではありません。


【古墳探訪マップ】2019年2月現在
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長泉塚古墳【愛知県扶桑町】

愛知県 扶桑町
08 /19 2019
⚫︎長泉塚古墳

長泉塚古墳は木曽川左岸の台地上に位置する径29×21.3m、高さ3.3mの円墳です。現在墳丘は公園脇にフェンスで区切られ保存されています。

公園内に設置された、長泉塚保存会の石碑。

墳丘は後世の塚として二次利用されており、古墳というよりかは富士塚のような趣きがあります。資料では墳丘まわりに周溝の跡が残るとありますが、すぐ脇まで道路となっていてそれらしきものは確認できませんでした。

反対側から。発掘調査は行われていないため詳細は不明ながら、古墳時代後期に築かれたものと考えられています。

○探訪日 2019.03
○参考資料
「愛知県埋蔵文化財センター調査報告書 第146集 高木遺跡」(PDF)財団法人愛知県教育・スポーツ振興財団 愛知県埋蔵文化財センター
説明板

白山1号墳-5号墳-善光寺塚古墳【愛知県大口町】

愛知県 大口町
08 /18 2019
⚫︎白山1号墳

白山古墳群は木曽川左岸の台地上に存在する古墳群です。上の画像はそのうちの白山1号墳を撮影したものとなります。全長47m、後方部径25×33m、高さ4.1m、前方部幅18m、高さ1.6mの前方後方墳で、上の画像では右奥が後方部、左手前が前方部。

後方部側から左奥の前方部側を撮影。墳頂部には白山神社が祀られ、周囲も石垣で覆われているので古墳らしさはあまり残っていません。詳細は明らかではありませんが、築造年代は3世紀中頃から後半と考えられています。

⚫︎白山1号方形台状墓(白山2号墳)

白山1号墳北側にある「白山ふれあいの森」内には3基の高まりが残されています。画像がそのうちの1基である白山1号方形台状墓。以前まで古墳であると考えられていましたが、その後の調査で弥生時代の墳丘墓であることが判明しました。

⚫︎白山2号方形周溝墓(白山3号墳)

こちらは白山1号方形台状墓の北に存在する1基。分布図がなければどこに存在するのか分からないくらいの、僅かな高まりが残っています。
この高まりも白山1号方形台状墓、下で紹介する白山1号方形周溝墓と同じく、発掘調査により弥生時代の墳丘墓であることが判明、白山3号墳から白山2号方形周溝墓へと名称が改められています。

⚫︎白山1号方形周溝墓(白山4号墳)

こちらも白山ふれあいの森に僅かな高まりで残る弥生時代の墳丘墓です。これら3基の墳丘墓については、ブログ「新、愛知限定歴史レポ」(https://blogs.yahoo.co.jp/kawamiya19192009/17966486.html)を参考にさせていただきました。

⚫︎白山5号墳

こちらは3基の墳丘墓のすぐ北側に残る円墳です。墳頂部には琴平神社が祀られており、高さもそれなりにある立派な墳丘です。
なお当古墳群を紹介している諸ブログでは、道路を挟んだ東側に存在する白山6号墳についても紹介されているものが多いですが、つい最近消滅したようで新しい住宅が建てられていました。

⚫︎善光寺塚古墳

こちらは白山古墳群から1.5kmほど離れた場所に存在している径27m、高さ3.5mの円墳です。墳頂部には石碑などが存在しており、南側の宅地の間から上がることができるようになっています。

大口町教育委員会による説明板。未調査のため詳細は分かりませんが、古墳時代後期の古墳と考えられているようです。

○探訪日 2019.03
○参考資料
前方後円墳データベース
愛知県文化財マップ
説明板

青塚古墳-烏塚古墳【愛知県犬山市】

愛知県 犬山市
08 /17 2019
⚫︎青塚古墳(青塚茶臼山古墳 王塚古墳)

青塚古墳は濃尾平野に面した台地上、青塚古墳群に属する全長123m、後円部径78m、高さ12m、前方部幅62m、高さ7mの前方後円墳です。墳丘は愛知県内2位の規模を誇る巨大なもので、現在は古墳公園として整備されています。

犬山市教育委員会による説明板。ガイダンス施設も併設され、管理の行き届いた古墳ですが、墳丘上に上がることはなぜか禁止されています。

墳丘を真横から撮影。右が後円部で左が前方部。整備にともない墳丘の発掘調査も行われていますが、後円部墳頂は未調査であり、伝承も存在しないため主体部は明らかではありません。

後円部脇から画像左奥の前方部側を撮影。画像だと分かりにくいですが、前方部墳頂に東西9m、南北7mの方形壇状遺構が再現されています。こちらは配石と石敷きで築かれており、この下に小さな主体部があるものと想定されています。
なお画像左奥の茂みは青塚古墳外堤上に築かれた烏塚古墳です。

前方部側から左奥の後円部側を撮影。青塚古墳の特徴としてベンガラで赤彩された壺型埴輪が段築上に巡らされていることが上げられます。そのほか円筒埴輪、樽型埴輪、方形壇状遺構から出土した鏃形石製品が確認されており、築造年代は4世紀中頃と考えられています。

⚫︎烏塚古墳

こちらは青塚古墳前方部の正面、外堤上に存在している古墳です。状態は悪く古墳らしさはあまり感じられませんが、高さ1.5mほどの高まりが残っており、その墳頂部には稲荷神社が祀られていました。

○探訪日 2019.03
○参考資料
「史跡 青塚古墳調査報告書」(PDF )犬山市教育委員会
説明板

入鹿村古墳-坂下2号墳【愛知県犬山市】

愛知県 犬山市
08 /16 2019
⚫︎入鹿村古墳(明治村古墳)

入鹿池古墳群は濃尾平野に面した丘陵上、入鹿池の周辺に分布している古墳群です。このうちの1基である入鹿村古墳が、明治建築が多数移築された明治村の館内に存在しています。(そのため見学には1700円の入場料が必要)

古墳に関する説明板。墳丘は幸田露伴住宅蝸牛庵の裏手に築山のような状態で残っています。

説明板には一切記述がありませんが、墳頂部に上がらせていただくと、小さな横穴式石室が開口した状態で残されています。

開口部付近は土砂が流入して狭くなっていますが、奥壁付近はそれなりに高さもあるようです。

⚫︎坂下2号墳

坂下2号墳は木曽川左岸の台地上、坂下古墳群に属する古墳です。現在墳丘は消滅し住宅地となっていますが、その石室が900mほど北東に離れた犬山市文化史料館の駐車場脇に移築されています。

全長2.2m、幅0.8m、高さ0.6mの非常に小さな石室で、丸い河原石を積んで築かれています。築造年代は7世紀後半。

○探訪日 2019.03
○参考資料
「古代邇波地域の古墳群とその周辺に見る歴史的風致」(PDF )犬山市
説明板

ぺん

神奈川在住の20代男。関東を中心に、有名な古墳からこじんまりした古墳まで訪れています。Twitter、Instagram→@pen_kofun
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