FC2ブログ

位置情報&記事一覧

雑記
01 /01 2030
⚫︎ブログ掲載古墳位置情報(Google MAPで開きます。データがかなり多いのでご注意を)
茨城県/栃木県/群馬県/埼玉県/千葉県/東京都/神奈川県
山梨県/長野県/静岡県/愛知県
大阪府/兵庫県/奈良県
→現存。→消滅。→現状確認不可。
※「○○古墳群1」のような表記がされているものは、全て私が勝手に命名した仮称となります。

⚫︎ブログ掲載古墳一覧表
埼玉県/千葉県/東京都/神奈川県
※消滅古墳は除く
※☆は古墳巡りで訪れる上での推奨度を独断と偏見で表したものであり、考古学的な価値や古墳そのもののランク付けをしたものではありません。


【古墳探訪マップ】2019年2月現在
スポンサーサイト

洞山古墳-田部井家古墳【群馬県伊勢崎市】

群馬県 伊勢崎市
06 /18 2019
⚫︎洞山古墳

洞山古墳は鏑木川右岸の丘陵上、洞山古墳群に属する全長26m、後円部径16m、高さ2.5m、前方部幅13m、高さ1.8mの前方後円墳です。上の画像では右が後円部で左が前方部ですが、こちら側からだと高さがほとんどなく、古墳とは気付けないほどの状態です。

主体部は横穴式石室で南東に向けて開口しています。現在残るのは奥壁付近のわずかのみで、土砂の流入が酷く入室することはできません。

開口部からカメラを差し込んで撮影。石室の状態は悪いですが赤彩が鮮やかに残っています。鉄刀、鉄鏃、刀子、馬具、玉類が出土しており、6世紀前半から中頃の築造と考えられています。

⚫︎田部井家古墳

こちらは洞山古墳の斜面下に位置する径20mの円墳です。墳丘は畑の隅に樹木に覆われた状態で残存しています。

南側に向けて横穴式石室が開口していますが、トタンで下半分を塞がれていて立ち入ることはできません。

石室内部を撮影。手元に資料が不足していて詳細は不明。全体的に良好な状態ですが、右側壁が内部にずれ込んでいます。

○探訪日 2019.01
○参考資料
前方後円墳データベース
「群馬県古墳総覧」群馬県教育委員会

お富士山古墳【群馬県伊勢崎市】

群馬県 伊勢崎市
06 /17 2019
⚫︎お富士山古墳

お富士山古墳は広瀬川左岸の台地上に単独で存在している全長125m、後円部径77.2m、高さ9.5m、前方部幅83.2m、高さ5.5mの前方後円墳です。上の画像では左が後円部で右奥に向かって前方部が延びています。

後円部南側から撮影。墳頂には富士神社が祀られています。

古墳に関する説明板。

後円部墳頂から前方部方向を撮影。残存する墳丘ですら非常に大きく立派なものですが、前方部先端をJR両毛線の線路によって大きく削られています。画像では左奥に横切る線路が見えますが、実際にはこれを跨いだ奥の畑辺りまで墳丘が続いていたそうです。

前方部側から後円部側を撮影。出土した滑石製模造品や墳丘から検出された埴輪片により、5世紀前半に築造されたものと考えられます。

お富士山古墳は伊勢崎市内最大の規模を誇る古墳として知られていますが、それ以上に有名なのが後円部墳頂に保存されたこちらの石棺でしょう。長さ285cm、幅121cm、高さ115cmの立派な長持形石棺で縄掛突起、方形突出といった様々な加工が施されています。

反対側から。同時期の畿内の巨大前方後円墳の長持形石棺と非常に似た造りであることから、中央の石工が派遣されて造りあげたとする説もあります。

○探訪日 2019.01
○参考資料
お富士山古墳リーフレット
説明板

亀塚山古墳-山王金冠塚古墳-文殊山古墳-阿弥陀山古墳-上陽33号墳【群馬県前橋市】

群馬県 前橋市
06 /16 2019
⚫︎亀塚山古墳

亀塚山古墳は広瀬川右岸の台地上、朝倉・広瀬古墳群に属する全長60m、後円部径40m、高さ6.5m、造出し長さ20m、高さ1.5mの帆立貝式古墳です。上の画像では中央の高まりが後円部で左側が前方部。

説明板。こちらでは墳形について「前方後円墳」であるとし「帆立貝式古墳との説があります」とも併記されています。

前方部に上がらせていただき後円部側を撮影。なぜか前方部は最近盛ったようなふかふかの土でした。後円部の主体部は竪穴式と推測されていますが、未調査で過去の記録もないため詳細は不明。築造年代は5世紀末から6世紀初頭と考えられています。

⚫︎山王金冠塚古墳(山王二子山古墳)

こちらは亀塚山古墳の400mほど南に位置する全長53m、後円部径33m、前方部幅42mの前方後円墳です。上の画像では右が後円部で左が前方部。公園として復元、整備されているようですが、規模の割に平たい墳丘となっているところを見ると、築造当時の姿を忠実に再現したという訳ではなさそうです。

説明板。大正4年に金銅製大帯、馬具甲冑、刀装具とともに精巧な金銅製冠が見つかっており、当古墳の名称もこれに因んでいます。

前方部に上がらせていただき後円部側を撮影。

後円部墳頂から前方部。現在は埋め戻されているものの、昭和56年に公園として整備するための発掘調査が行われ、角閃石安山岩の切石を用いた横穴式石室が確認されています。築造年代は6世紀後半。

⚫︎文殊山古墳

文殊山古墳は山王金冠塚古墳の300mほど南に位置する径50mほどの円墳です。発掘調査によって墳頂から壺が並んだ状態で見つかっており、築造年代は4世紀前半から中頃と判明しています

⚫︎阿弥陀山古墳

こちらは文殊山古墳のすぐ南に位置する径25m、高さ4mの帆立貝式古墳。おそらく画像右の墓地あたりが造出しだと思われます。

⚫︎上陽33号墳

こちらは阿弥陀山古墳の600mほど南東に存在する径30mの円墳。周辺には同規模の円墳がたくさんあったようですが、現存は当古墳のみとなっています。

○探訪日 2019.02
○参考資料
「朝倉・広瀬古墳群」前橋市教育委員会事務局文化財保護課
説明板

前橋天神山古墳-飯玉神社古墳【群馬県前橋市】

群馬県 前橋市
06 /15 2019
⚫︎前橋天神山古墳

前橋天神山古墳は広瀬川右岸の台地上、朝倉・広瀬古墳群に属する前方後円墳です。昭和43~44年の区画整理事業でほとんど切り崩され、現在は後円部の中央部がわずかに残るのみですが、かつては全長129m、後円部径75m、高さ9m、前方部幅68m、高さ7mの立派な墳丘を持っていました。

墳頂部に上がって撮影。コンクリートで固められた下には主体部である粘土槨が保存されています。三角縁四神四獣鏡、三角縁五神四獣鏡、三段式神仙鏡、二禽二獣鏡、変形獣形鏡、紡錘車形石製品、銅鏃、大刀、鉄剣、斧、やりがんな、鑿、釣針といった豊富な副葬品も確認されました。

後円部墳頂から前方部の存在した方向を撮影。画像中央奥に見える並木のあたりまで前方部が伸びていたようですが、痕跡すら残されていません。

説明板には在りし日の大きな墳丘の画像が掲載されています。築造年代は4世紀前半。奈良県桜井市の行燈山古墳や渋谷向山古墳と似た形態を持つ初期前方後円墳です。

⚫︎飯玉神社古墳

こちらは前橋天神山古墳の南東、飯玉神社境内に存在する径39mの円墳です。上の画像は北側から撮影したもので、草木に覆われて分かりにくいですが、それなりの規模を持つ墳丘が確認できました。

神社境内から墳丘を撮影。こちら側からだと階段や石垣で古墳らしさはあまり感じられません。主体部や副葬品については不明。

⚫︎古墳?

こちらは同じ飯玉神社の境内に存在する正体不明の高まりです。朝倉・広瀬古墳群は昭和10年の調査で154基が確認されたほどの古墳密集地帯ですので、こちらも古墳である可能性は充分に考えられそうです。しかし「朝倉・広瀬古墳群」の分布図や「群馬県古墳総覧」に該当する古墳は載っておらず、詳細は不明です。

○探訪日 2019.02
○参考資料
「朝倉・広瀬古墳群」前橋市教育委員会事務局文化財保護課
説明板

ぺん

古墳巡りが趣味の20代男。古墳マニアですら訪れない「こじんまりした古墳」を愛でる変人にして、考古学の専門的知識は全く無いド素人。友人曰く、古墳バカ。

内容に誤りがございましたらコメントにてご指摘お願いします。
TwitterID→@pen_kofun